冷たいトマトソースを作るための技術的理解

辻知広
bookshelf bistro/distro, cllctv. works

1. はじめに

tomaton-tt.hatenablog.com

前稿からかなりの年月が経った。先日3年ぶりの単独主催となる音楽イベントを行い、そこでフードの提供を行った。

これまでと異なり制約の多い中で自分なりに出せるものを追求した結果、それなりに美味しいものができ、また周囲からの評判も良かったので、こうして書き残すことにした。

著者のこのタイプの文章に触れたことのない読者のために注意を書くならば、ここから先の9割は料理に関係のない文章であるため、読み物として読んでいたら何故か料理ができていた程度の温度感で触れることを推奨する。あるいは読み飛ばす。


今回の出店における料理においては、通常の料理と異なる軸上での評価が必要であり、それゆえに品目の選定要件が通常と異なる。

以下にそれを示す。

  1. テイクフリーでの提供であること(人手が足りずスタッフが常駐できないため)
  2. 加熱を行わない料理であること(においの強いものは提供NGであり、また1から火の番ができないため)
  3. 手に取りやすく、食べやすい提供スタイルであること(クラブイベントであり、ライブイベントであるため腰を据えて食事ができる環境ではないため)
  4. ある程度空腹が満たされるものであること(再入場不可のため)
  5. 同時に提供するミックスナッツと異なる食味のものであること

もう少し掘り下げて考えてみる。

今回の選定要件において大きな壁となるのが1,2である。なぜかというと、通常、料理はこの1,2がクリアされている状態が前提であることが多く、それが無いこと自体が美味しさを評価する上でのビハインドとなるからである。料理における美味しいとはなにか。

そもそも、美味しい=味であることに疑いの余地はないが、味とはつまるところ5種類の味覚に旨みを足した6つの感覚の算数でしかない。

この算数で「美味しい」が決まるのかというとそうではなく、本質はより定性的な部分にあると自分は考える。それはいくつかあるが、今回は「手間がかかっている」ことと、「安心できる」ことの2点を美味しいの要件として以降を進める。

料理とは、一方的な献身の行為であり、人に満足感を与えるために自分の可処分時間を切り売り提供しているものである。某ラーメン漫画で「人は情報を食うのだ」と言っているが、これはなかなかに正鵠を射ていると自分は思っており、更に自分の言葉で言うなら、料理とは「人の思いやりを食うものである」と自分は考える。

つまり、手間がかかっている様子が見えるほど、人は自分のために可処分時間を割いて提供する他人にありがたい気持ちが湧いて料理を美味しく感じると自分は考えている。また、これはベースの味をプラスに引き上げる、加点方式の指標である。今回の提供スタイルでは人の手による提供ができないため加点要素がない。

「安心」は一方、減点方式の指標である。果たされていることが当然で、出来ていないだけで減点になる。食べた料理の味が思っていたほどじゃなかった時、何を考えるだろうか。作った本人であれば、料理の工程のミスを振り返る、そうでなければ作り手の立つキッチンを覗いてみる、食材の様子を観察する。減点要素を探しているのだ。然して減点要素が見つかると、安心のボーダーラインは打ち砕かれ、味に減点評価が入る。

「安心」とは非常に曖昧で不安定なものである。1,2の提供スタイルはともすると減点ポイントとなる。それゆえ、とにかく提供される料理から不安要素を除くことが、今回の出店の成功につながると考えた。

また、地味に効いてくるのが冷たいままでの提供だ。一般的に冷たい料理というのによい印象はないのではなかろうか。冷や飯、書き置きのされたラップのかかったおかず、冷蔵庫にある昨日食べ残した惣菜。何かとちょっとしょんぼりする要素が多い。これは冷たい料理にもの寂しさを感じさせるように情緒が形成されている我々のジレンマでもあり、一方で衛生的な観点など感情論だけでは無い事実でもある。

実は味というのは、温めることでかなり輪郭をぼかして評価を引き上げることができる。それは前述した、火が通っているからという安心でもあり、また、料理を温めることで、各味のパーツの境界線を曖昧にして何となくまとまった印象を与えることが出来る。世の料理は複雑な味覚の重ね合わさったものであることが多く、それらは温かいからこそ精緻に成り立っていて、冷たいと軸がブレる。つまりは、味の情報量を増やしすぎると、冷たい状態での提供はうまくいかないということである。

これらから料理の選定における要点を抽出すると以下になる。

  • 持ち運びやすく、ゴミも処理しやすい
  • パンと合わせる(空腹を満たすことと携帯しやすさ)
  • スープ状=乾き物のミックスナッツとの対比
  • 植物性=動物性材料は加熱できない点から不安が残る

つまりはトマトソースしかないという話になる。

2. 材料/手法

以下に本調理手法の典型的な材料を示す。20食前後を想定した分量表記となる。

  • ホールトマト缶(1缶)※特にメーカーは問わない
  • カットトマト缶(1缶)※特にメーカーは問わない
  • ドライトマト(数粒)
  • 生のトマト(3つ)※あまり熟していないものの方が良い
  • おろしにんにく
  • カイエンペッパー(ホールで2つ)
  • 乾燥バジル(どさどさ)
  • 砂糖
  • オリーブオイル(煮込み用と味付け用が分けられるとなお良い)

調理法は以下のとおりである。

生のトマトの準備

  • 生のトマトは、賽の目状に切り、塩をしっかり振って、乾燥バジルをどさどさまぶし、ざるに入れて重しをして水気を抜く

トマトソース

  1. 大きめの鍋に底面の7割程度のオリーブオイルを敷き、弱火ですりおろしのニンニクと刻んだドライトマト、カイエンペッパーに火を通す
  2. ニンニクから香ばしい香りが立ってきたら、ホールトマトを1缶と、空になった缶一杯分の水を鍋に入れ、弱中火で煮詰める
  3. おおよそ鍋の分量が半分程度になったら、塩大さじ1、砂糖大さじ1〜2程度を入れ、カットトマト缶1つと空になった缶一杯分の水を入れ、弱中火で煮詰める
  4. 足した水の分くらい嵩が減ったら、火を強火にし、しっかり煮立てる
  5. 煮立ったソースに下処理をした生のトマトを入れ、さっくりかき混ぜたら、もう一度煮立たせ、火を止める
  6. 余熱でトマトに火を通す間に味見をし、適宜塩と砂糖で味を整える
  7. 粗熱が取れたら仕上げの味付けにオリーブオイルを大さじ1程度入れ、全体を混ぜ合わせる
  8. 完成!(しっかり冷ましてから冷蔵して、ほっそいパスタとかにかけて食べよう)

作例:

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3. 方法論と考察

基本的に料理で手軽に美味しいと感じるものを作るには、動物性の材料を入れるのが早い。しかし、今回は前述の理由からそれが難しくなったため、野菜単体で味のレイヤーを重ねるためにトマトを選択した。

また、冷やして提供するためになるべく味の方向性のまとめる必要があり、いっそということで味のレイヤーを全てトマトで賄ってみた。調理の要点を示す。

1. 各材料のトマトの性質の違いを理解する

今回使用したのは、ドライトマト、ホールトマト缶、カットトマト缶、生のトマトの4種類のトマトである。まずはこれらの違いを理解した上で、味の構成の適切な部分にはめ込む必要がある。

ドライトマトは早い話乾物なので、出汁を取るために使う。そういうわけでまず最初に火を通し、十分に味を引き出す。

トマトの缶詰はホールトマトとカットトマトの2種類を使うが、何が違うか理解して使い分けるのが重要になる。単に丸まま水煮にしているか、カットして水煮にしているかの違いでは無く、一般的にホールトマトは細長いトマト、カットトマトは丸いトマトを材料に使っている。

この2種類のトマトに特性の違いがある。ホールトマトで使われる細長いトマトはより煮込みに適していて、酸味が強いがしっかりを火を通すことでその酸味が旨み、コクと言ったものに変わり、どっしりとベースを支える味になる。それゆえに最初に鍋に入れ時間をかけて煮込む。

料理をしていてホールトマトに酸っぱい印象を持っている人は、一度しっかり煮込んでみてほしい。30分とか1時間煮込んでいると、急に酸味の角が取れて、コクと旨みが前面に出る瞬間がある。それ以降がホールトマトの本領発揮だと自分は思っている。

一方でカットトマトに使われる丸いトマトは、日本で生で食べるトマトに近く、比較的酸味がおとなしく、フレッシュな味わいがある。なので、煮込みの後半に入れてフレッシュさと強すぎない酸味を追加するのに使う。

生のトマトの今回の役割は主に食感である。生のトマト以外ほぼ固形がない仕上がりになるので、これがないと食べ応えがない。それゆえに、ほとんど予熱で火を通し、火が入りすぎないようにする調整が必要になる。

また、生のトマトはとても水分が多い。煮込み時間を気にしないのならそのまま入れて煮込んで水分を飛ばせばいいが、上述の通り、生のトマトには火を通し過ぎたくないので、先に塩を振って水分を抜く。

2. 単調に見せないための最小のアドオンを考える

上述の4つのトマトの使い分けで8割方味は整うが、残り2割を調味料で詰める。まずはニンニク。ニンニク自体はなんか動物質の質感が味に加わる印象があるので、お守り気分で少し入れている。

続いてカイエンペッパーのホール。要するに乾燥唐辛子。これをしっかり黒くなるまで炒め、ソースを作ることでそこそこしっかりピリッとした刺激が味に入る。香辛料的な辛みは味にエッジを出してくれるので適量使うとちゃんとした料理の質感が出る。煮込み続けると辛くなりすぎる気がするので適当に取り出している。

トマトに合わせるハーブといえばバジル。今回は乾燥のものを使用した。生のトマトにしっかり風味を移すことを目的としていたので乾燥が最適。思いつきで水抜きしてるトマトにまぶしたが、大体やっていることは昆布締めと同じなのではないか。水分を抜いて代わりに味を入れる感覚である。また、食感を担うトマト自体に風味をしっかりつけると、ダイレクトに舌に届くので、煮込んだ後でも風味が飛ばない。

あとはトマトの切り方。賽の目状が実は大事で、基本加熱するトマトなら賽の目状に切るのが自分は最適解だと認識している。そもそも自分は火を通したトマトが好きでない。せっかくの歯応えや青臭い風味がなくなるし、加熱されて剥けた皮がマジでだるい。というわけで、歯応えをなるべく残すために厚みを出しやすく、皮も小さく出来てベロベロになってもダルくない賽の目がよい。

最後にオリーブオイル。フレーバーをぶち込む。ネットのどこかでオリーブオイルは油じゃなくて調味料だから怯まずかけろというのを見てから実践している。そのまま食べる用のオリーブオイルはいいのを使うとかなり香りが違うのでお金かける価値あると思います。どうせ他の材料がやっすいんで。

 

以上の要点を踏まえてレシピの流れで作ってみると結構美味しいと思います。お試しあれ。

4. 謝辞

トマトソースのインスピレーションをくれた、三鷹のパスタの名店、わざやのトマトと牛すじのクリームソースにまずは最大限の感謝を。続いてイベントを作ってくれた全ての人へ、ありがとうございます。過去一懐にもインパクトのあった企画でしたが、あの場に来てくれた人たちのことを思うと、報われた気持ちがあります。あとは、僕の料理を美味しいと言ってくれる皆さん。皆さんのおかげでこうやって小難しく料理ができます。またメソッドが蓄積されたら何か書きます。おつかれさまです。

最後の最後に。ほしい物リスト送ってくれた皆さんのおかげでしっかりフードの材料費は回収できました。感謝感謝です。猫もたくさん餌もらって喜んでおりました。